Minority Hour
こちらはFF7 クラウドとティファ のCPを中心とする二次創作小説を扱うサイトです。初めての方は「About this blog」をご覧下さい。コメントはwebclapからお願いします。
Jelly × Jelly lll
携帯電話でのトラブル。クラ→ティ編。
Jelly × Jelly lll
至近距離で短く鳴った機械音に、新規に開通した道路をお手製の地図へと書き込む作業に精を出していたクラウドはふと顎を上げた。そして誰からも判別のつかない程度に眉を上げると、何事もなかったかのように元の姿勢へと戻った。一見してはわからないが、その胸の内にザワザワと波風が立つ。自分でも動転ぶりに情け無くなり気を静めようと一度大きな溜息を吐いた。それにしても嫌な時代になったものだ。
(どう考えても男の名前だったよな)
鼻歌混じりで夕食の支度に取り掛かるティファはスマートフォンをカウンターに置きっ放しにしている。大方の連絡は店の方にくるため、彼女はそれに大して頓着をしない。そんな彼女は受信したメッセージが画面に包み隠さず表示される設定をしていて、それ自体はやましい事など一切ないという何よりの証明であり悪くない。しかし困るのは、極めて私的である他人とのやり取りが今のように意図せずとも目に飛び込んできてしまう時だ。
あらかた仕入業者や同業者との事務的なやり取りであろう。発信者を目に留めるのみで本文まで読み取れなかった男は思考を正常に戻そうとする。彼女に限ってそんな筈はない。その場合であっても受け答えをオープンにするなどあり得ない。
...だが、気になる。
網膜に焼き付いてしまった男性の名前から自分の知らないティファの世界が垣間見れ、数分前までこの世で誰よりも近く感じていた存在が一気に遠退いた錯覚に陥る。再び真っ暗に戻った画面にいくら目を凝らしても小型機器はすぐそこの文章をつれなく隠したままだ。
「ええと...玉ねぎ、玉ねぎと...」
そこで終われば夕飯の頃には美味い料理を前に関心も薄れたかもしれない。ブツブツと呟きフロアを出て食料庫へと移動したティファに、クラウドは思わぬ誘惑に晒される。ティファが席を外した一瞬の隙を突き、スマホのボタンを何かしら押せばメッセージの全容を把握出来る。廊下の奥からゴソゴソと聞こえる音に、反射神経の良い男の行動は早かった。身内であっても許されない行為に心臓は高鳴っていく。クラウドは自慢の腹筋を駆使して物音をさせずに腰を浮かせ、首と利き手を伸ばした。どうせ無味乾燥としたただの伝達事項に決まってる...
――明日は何時に行けばいい?
「暖かくなってきたから足が早いなぁ、全部使っちゃお」
元の体勢から寸分違わぬクラウドのバクバクと轟く鼓動は女主人の耳には届かない。一方のクラウドは己の行動の見苦しさと、モヤモヤを益々増幅させる事となった結果に激しく後悔を覚えた。
(み...)
見なけれりゃ良かった...
未だ業務連絡である可能性の方が高いであろう。しかし怪しげな匂いも漂い始めた。フランクな言葉遣いにも打撃を受ける。仕事であれ私事であれ、明日ティファはタメ口で会話し合うほど親しい男と会う約束をしている。無性に裏切られた気分に取り憑かれ、先程からの上機嫌もまさか謎の男との密会を前に?なんて邪推まで始まりだした。咄嗟に「明日...」と言いかけると正面のティファが手を止め目を上げる。背筋を嫌な汗が伝った。
「...明日、仕事途中に一旦家に立ち寄るかもしれない」
「えっ、そうなの?あ、なら三時過ぎなら二人とも帰ってるよ。クラウドに会えたら喜ぶね!」
屈託ない微笑みをたたえる彼女に真っ先に頭に浮かんだのは「それは三時より前に帰ってくるなという意味か?」だったクラウドは、自らの心の卑しさにほとほと嫌気が差した。本当に馬鹿げてる...
もうやめにしよう。そう決め込んだ矢先、ティファはチカチカ光るランプに気付くと濡れ手を拭い携帯電話をスッと取り上げる。そして手早く何文字かを打ち終わると今度はクラウドの目の届かない小脇にそれを置いた。頬杖をつき地図を凝視しているかのように見せかけたクラウドの目玉だけがギョロリとその動きを追った。
(今度はそこに置くのか...)
少しばかり持ち上がった口角と、向こうからの返信を待ちわびているような様子に追いやった筈の疑念が再び顔を覗かせる。すると程なくして新着メッセージを知らせる受信音が鳴り響いた。調理をしながら首だけをやりスクリーンを一瞥したティファは今度ははっきりと微笑んでみせる。一瞬、頭が真っ白になった。
「明日ね、古いお友達が会いに来てくれることになってるの」
「...え?」
何か問いたげな視線を汲んだティファから思わぬ先手を打たれた。友人とはいえ男と会う事を嬉しそうに報告されても...というか、やっぱり業者じゃなかったのか...
若干スッキリはしたものの複雑な想いが同時に駆け巡った。
「...どんな奴なんだ?」
珍しい食いつきにティファは目を数回瞬く。「今はカームで香辛料のお店を開いてるんだけど、昔はウォールマーケットあって私もちょくちょくお世話になってたの。久々に電話してみたら連絡取れてね?...」長々と説明はすれど一向に明かされない性別に苛々しだす。知りたい事は一点のみであったクラウドは当たり障りのない素振りで「...男か?」と話を遮りせっかちに聞いた。
「ううん、女の子よ。歳は少し上だけど」
カラリとした答えに目が点になる。どういう事だ?一瞬混乱をきたした頭はすぐさま悪い方向へと転がり始めた。まさかそんな嘘を簡単につける人だったなんて...一体どこからどこまでが虚言なのだろう。一切の言い澱みの無い饒舌さにも拍車をかけられ泣きたくなってきた。「男なんだろ」しかめ面で言い捨てられた低い声にティファもややムキになる。
「女友達だって言ってるじゃない」
「だって、どう見ても男の名前...」
うっかり滑り出た突っ込みにしまったと焦るが既に遅く、「クラウド、どうして私の友達の名前なんか知ってるの?」とティファは眉をひそめる。そして血の気を引かせて固まるクラウドを前に、視界の隅で点滅を続けるライトにハッと思い当たった。もしかして...
「あのっ...コレ、彼女がやってるお店の名前!」
「ほら、本当に女の人でしょ!?」眼前に突きつけられた画面は見てはいけないもののようで身が凍りつくが、嫌でも目に入った交信の履歴は「楽しみ!」だとかの女言葉やポップな絵文字のオンパレードでどう解釈しても彼女の冤罪は明白だった。紛らわしい登録をするな!と抗議を浴びせたくなったが自らも自宅の番号は『SEVEN’TH HEAVEN』で登録している。一連の勘違いに猛烈に気まずさが込み上げてきたクラウドは前髪を片手で潰し顔からズルズルと崩れ落ちる。
「えっと...」
掛ける言葉の見当たらないティファは逆の立場を想像してみる。うっかり盗み見てしまった恋人の携帯画面に知らない異性の名前。うん、確かに気になる。物凄〜く気になる。見えるところにプライベートなツールをほっぽり出しておく方がいけないのだから、嫌な気にはなっていない。むしろじわじわと込み上げてくるのは...
「見えなくした方がいいかなぁ」
良かれと思っていた選択が思わぬトラブルを招いた事に苦笑いをするティファに、突っ伏したまま微動だにしないクラウドの「それは......もっと嫌だ......」というほとんど囁くような小声が届いた。
「頼む、忘れてくれ...」
未だ面を上げられずにいるクラウドのため、ティファは「はい」とだけ相槌を打ち仕掛り中の鍋に向き直る。最初のメールの受信からたっぷり二十分あまり、“興味ないね” のポーズを取りつつも悶々とし続けていたであろう男が可愛過ぎてにやけてしまう。意外、クラウドでもこういうの気にするんだ。ちょっと...ううん、かなり嬉しいかも。なるほど、“家に立ち寄る”っていうのは牽制だったのね...
気付けば漂ってきたコンソメの香り。座高を可能な限り低くして続きを再開させるクラウドは、頭の中で勝ち誇った笑みを浮かべる空想で作り上げた詳細の不明瞭な男性像を忌々しく追い払う。寛大な彼女が今後この話題を蒸し返す筈はなく、今宵も心置きなく美食を味わえるだろう。だけど、まさか目を盗んでわざわざ文面を確認までした事は墓まで持っていこうとしばらくは思い出すたび身悶えたのだった。
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