Minority Hour
こちらはFF7 クラウドとティファ のCPを中心とする二次創作小説を扱うサイトです。初めての方は「About this blog」をご覧下さい。コメントはwebclapからお願いします。
Tender Boundary
クラウド復帰直後。ミディールにて。
Tender Boundary
「ふ〜〜〜〜〜〜む...」
キィと安っぽい金属音を立て、診察室に置かれた丸椅子は乗せた体ごと半周した。
「う〜〜〜〜〜〜〜〜む...」
もう半周をしてこちらに向き直った医師は、ヒビの入った眼鏡を中指で持ち上げポツリと呟いた。
「.........愛、だな」
「きゃっ、やだ。もうセンセったら!」傍らでカルテを抱えていた看護師が医者の背を力一杯はたく。クラウドは居心地悪そうに聴診器を当てるため持ち上げていた服を整え直し話を逸らした。
「俺、何日寝たきりだったんだ?」
「ええと、ここに流れ着く前だけでも一週間以上だから...」
決して短くはない期間に驚く。「案外動けるもんだな」肩を回し再度可動域を確かめた。疲労の抜け切った腕はむしろ軽く、今朝の実戦での手ごたえも悪くなかった。
「あら、あなた。それはあれよ。ティファさんが毎日熱心にマッサージしてくれてたから」
手をポンと叩いたナースから不意に飛んできた回答は思いがけないものだった。「“世界一強いんだ”って、いつも言ってたわ」と続けて笑顔で畳み掛けられる。
「...その人?重度の魔晄中毒から回復したって」
仮設の診察室を囲うカーテンが突如として開き、中にいた三人は声をかけてきた若い女に一斉に視線を向けた。「ダメよ。彼、まだ意識を取り戻したばかりで...」看護婦は慌てて押し留めようとするが女は意に介さない。自らを制止する手を振り解くとクラウドに縋り付き食ってかかった。
「教えて下さい、声は聞こえてるんですか?もうずっと...何にも反応ないの...私、側にいる意味あるんですか!?」
「もう頭がおかしくなりそう...」女はクラウドの服を掴んだまま嗚咽をあげる。色を失うクラウドを看護婦は一言気遣うと、彼女の肩を抱きかかえ病棟へ連れ戻そうとする。
「声は...」
漏れ出た声に部屋を去ろうとする二人は振り返る。雰囲気も背格好も異なる彼女がとある姿に重なった。
「聞こえてます」
診察を終え村を後にしたクラウドは、森を抜けた平地に止めてある飛空挺へと向かう。途中、目的地とは異なる方角に分岐した細道が無性に気になった。
“クラウド”
耳の奥で響く声を頼りに、潮の香る道を誘われるがままに下っていく。
――クラウド、海を見に行こうか
人っ子一人いない砂浜には穏やかな潮騒だけが繰り返し押し寄せていた。心地の良い海風に前髪をそよがせ、瞳を閉じる。すると次から次へと脳内に呼びかけがこだました。
――不思議ね、コスタとは全然違う色。ニブルヘイムには海がなかったから...
――皆ね、頑張ってるんだよ。ヒュージマテリアっていうのを探すんだって。今はコンドルフォートに...
――覚えてる?前行った時はまだエアリスがいたよね。コンドルを見て、はしゃいでて...
――寒くなってきた?肩、冷えちゃったね。そろそろ戻ろうか?
――クラウド...
――バカだな、私。クラウドに何をしてあげられると思ってたんだろ...
――何か言ってよ。こっち見てよ。お願い。クラウド、クラウド、クラウド...
――クラウド...!!!
ハッと意識を取り戻し、目を大きく見開いた。変わらず人気のない波打ち際で我も忘れ呆然と立ち尽くす。
瞼を閉じると蘇る、境界線のない世界。方々に揺らめくのは魔晄の濃碧とは異なる繊細な薄紫の瞳達。こちらを見つめるそのどれもが悲壮をたたえていて、ティファは堪らずキツく目を瞑り心の叫びを上げる。
(ごめんなさい...!)
“そんな沢山の中からソルジャーになるなんて...クラウド、偉い偉い。尊敬しちゃうなぁ”
(あんなこと、言うんじゃなかった...)
だが釈明を求める行為はただ自分が楽になりたいだけな気がした。不用意な謝罪を伝えれば彼を益々傷つけてしまいそうで思い留まる。過ぎ去りし日々に丹念に回想を巡らせば、視界に度々映り込んでくる小柄な少年。しかし語りかけようとするとサッと背を向けられてしまう。
“あ...”
“よせよティファ。あんな奴放っとけって”
“う、うん...”
他者とのコミュニケーションにおいて苦労知らずだったティファには少年の一癖ある行動は不可解にしか映らない。
(クラウドはきっと一人でいたいんだわ)
思慮浅く安直な結論を下した軽薄な自分が愚かしい。直接的に手を下していなくても、十分に彼を孤独に陥れた加害者だった。どうして人として当たり前の道理に何年も気付けなかったのだろう。もっと優しくなれなかったのだろう...
(一人でいたい人なんて、いるわけないのに...!)
甲板の手摺にかけた両手に力が籠るのがわかり、思い詰め始めた思考を落ち着かせようと深い呼吸で気持ちをコントロールしようと試みる。今は紛れもなく彼の晴れ晴れしい門出の時であって、それを塞ぎ込んだ表情で台無しにしてはならない。ともすれば自責の念に駆られがちになるティファも、二人の記憶の中にだけ存在する故郷への回顧において、彼の発した言葉の端々に前向きな表現がいくつか散りばめられていたのを覚えている。
(“悔しいけど大切”って...どんな気持ちなんだろう)
その内の一つは時間を置いた今なお解読の難しい心情だった。だけどそれは彼を理解するのにとても肝要な気がして。他の誰でもなく自分だけは誤解無く読み解いてあげないとならない気がして...。彼が郷里で過ごした14年間。必ずしも辛いことだけじゃなかったって、信じたかった。
“俺にとっては大切な...悔しかったけど、すごく大切な思い出なんだ...”
耳障りの良い、幼くも凛とした声が脳裏に響き胸の中央がトクンと鳴った。
「気にしてるんだろ。今朝のこと」
「!?」
不意を突き後ろから投げられた声にティファは飛び上がる。いつのまにか船に帰還したクラウドがからかい混じりに何を指摘したかは直ちに思い当たった。久々に戦場で前線に立ったティファは、なかなかに手強い離島のモンスターを仕留めるためサマーソルトを放ったのはいいが、回転不足のため地面に派手に尻餅をついた。ティファは隣まで歩み寄って来たクラウドに照れ笑いを返す。
「無様なとこ見せちゃったね」
その後立ち込めてきた濃霧に探索は一旦中断し、クラウドは口煩く診療を訴えるミディールの看護師の元へと一人離脱した。辺りを取り囲む真っ白な霧にティファはあの不思議な世界を重ね合わせる。だけどもあれほど明瞭に感じ取れたクラウドの想いは、今は冷んやりとした空気に阻まれ伺い知る術はない。思い悩んだ顔をしていたであろう自分を軽い調子で元気付けようとしてくれる優しさに後押され、緊張から唇を軽く濡らすと意を決して切り出した。
「あのね、クラウド。私...クラウドに謝まらなきゃいけないことがあるの」
“ティファ、隣の家の子はやめなさい”
遅くに帰宅した父親を玄関に出迎えに赴くと、ただいまの挨拶もなく言い渡された警告。珍しく彼は酩酊しているようだった。
「クラウドのこと?心配いらないわ、連絡なんか取り合ってないもの」
彼が旅立ってしばらくして便りを出したが返事は来なかった。傷心の出来事を思い出しティファは投げやりに答える。
「葉書が届いてたぞ」
思いがけない報告に息を飲んだ。しかし続いたまさかの発言に耳を疑う。
「処分しておいた」
喜びから一転地に突き落とされたティファの目頭にジワリと熱いものが浮かんでくる。
「酷いわ。いくらパパだからって、あんまりよ!」
喧嘩ばかりしてる子だったから?ママが生きてたらもう少し違ったのかな...
時に異常とも思える過干渉さはただただ男親特有のものだと疑わなかった。思えばその日は母親の命日で、朝方済ませた墓参りの後から家には重苦しい空気が立ち込めていた。同時に愛娘まで失いかけた七日間を克明に思い出し、父は大人気ない暴挙に走ったのかもしれない。
「俺も謝らなきゃならないことがある」
クラウドの苦い思い出に追い打ちをかける身内の失態にうなだれるティファに返された声調は思いのほか明るかった。
「あの手紙、何も書いてない」
あっけらかんと明かされた事実にティファは顔を上げ目を見開く。
「.........何も?」
「ああ。一言も」
それって...手紙って言えるのかしら?文面のない便りを手に戸惑う自分の姿が思い浮かぶ。もしかしたら大切な事が書かれていたのかもとの期待を裏切られ物寂しく感じると共に、心なく破棄された贈り物が労力を割かれた物でないとわかり少しだけ気持ちは軽くなる。「変なの」そんなんじゃ、何もわかんないよ。「そうだな」とクラウドも過去の自らを笑った。字面の無い、目に触れさえもしなかった手紙。その後もとことん擦れ違う事となる運命を象徴するかのような出来事だった。
「ティファの...」
言いかけてクラウドは口をつぐむ。誕生日に送ったんだ。想い人から届いた手紙の封も切れなかった臆病者は、街の雑踏のスタンドに並べられていた絵葉書に刷られた故郷を思わせる花畑に目を奪われる。ニブルヘイムにはティファの生誕した月に、一足遅れ短い春が訪れる。何一つ上手くいかない。帰りたい。会いたい...そんな弱音を綴れるわけもなく、返事が来なくても気にならないよう無言の便りを勢いに任せて送り付けた。
俺は君の何を知ってたんだろう。まだ若干陰りの残る横顔に見入る。“あの” ティファなんだよな?手摺に伸びた腕は細く、肩も一回り華奢に見えた。物心ついた時から執拗に胸を焦がしていた憧憬は、必ずしも純真だけではなかったと思う。注目の的である女の子を手に入れたい虚栄心もあったろうし、可憐な少女を守る英雄たる立場に憧れてもいた。村で影響力を持つティファが自らに手を差し伸べてくれないやるせなさからしばしば彼女を理不尽に責め、あるいは過剰なまでに神格化して真実の姿を捻じ曲げた時もあった。だがこの旅で...あの空間で改めて知ったティファは等身大そのものだった。
――“世界一強いんだ”って...
脳裏に反芻された台詞にグシャグシャと髪をむしる。それでいて強くて...なのにこんな自分を頼りにしてくれる。
(好きになるなってほうが...無理だ)
「クラウドは、なんだか凄かったね。動くの久しぶりだったのに」
他意はなくかけられたであろう褒め言葉に良心はズキリと痛む。自力で掴んだと信じきっていた腕前は紛い物で、悪しき細胞による所業とはいえ幼馴染に嘘を吐き続けていた事に違いはない。
「楽なもんだよな。人の真似してるだけで強くなれるなんて」
半ばやけっぱちに放られた自虐はすぐさま「それは違うわ」と否定される。ティファはクラウドの利き手を取ると、無数に残るマメの潰れた跡を見つめた。ティファがそれらの存在に気がついたのは彼を介抱して以降だった。
「きっと...。ううん、絶対に。クラウドは誰よりも頑張ったのよ」
一向に形をなす兆しのない夢。努力をしても報われず、約束した姿からは程遠い自分を責め続けた日々。指先から伝う温かさに、長年抱え込んできた様々な感傷が途端に溢れ出し、心が一杯になる。遠くから見ているだけの幼稚な恋だったかもしれない。それでも、好きになったのがこの人で良かった。
「ずるいよな、俺ばっかり覗かれて」
「...え?」
「ティファの心の中も見られればいいのに...」真っ直ぐに向けられた瞳にそんな能力がある筈も無いのに、ティファは咄嗟に手のひらで胸元を覆った。
「私のは、見せられないわ...」
頬を染め、居た堪れなさそうな潤んだ瞳にその肩を掻き抱きたい衝動に駆られる。あの世界と違い、二人の間に確かに存在する境界線。だけどそれは一時前と比べどこか柔らかく不明瞭で、何かの拍子にたちまち溶けてなくなってしまいそうだった。一瞬だけ触れ合った、霧でそぼ濡れた冷たい金属に並ぶ二つの手。それはほんの僅か先にある温もりへの恋しさに、時を忘れそこに留まり続ける。
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「大切な想いは...誰にも知られることなく...」は英語版では
“Tender memories...no one can ever know...”
その“Tender(=柔らかい、優しい)”から取ったお話でした。
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