Minority Hour
こちらはFF7 クラウドとティファ のCPを中心とする二次創作小説を扱うサイトです。初めての方は「About this blog」をご覧下さい。コメントはwebclapからお願いします。
Baby, once more 5
Baby, once more 4、の続きです。
Baby, once more 5
どちらが上か下かもわからない、浮遊感。どこか懐かしさを感じさせる既視感に身を任せていると意識が明瞭となってきた。瞼を開けた先の景色にその発想は真っ先に浮かんでくる。
「...俺、死んだのか?」
ぞんざいな問いかけにはほとほと呆れた返事が返された。
「死 ん で ま せ ん!」
今度こそゲームオーバーかと思ったが...相変わらず運は良いのか悪いのかわからない。だがそれは今は幸いだった。俺にはまだ、やり残した事がある。
「ティファは?」
「安心して。無事だよ」
「まったく、二人して心配かけて...」やれやれと首を振りつつも、彼女も久々の再会を楽しんでいるようだった。
「なぁ、あれから色んな事があった」
本当に色んな事があったんだ。メテオは消滅し、ミッドガルには新しい街が出来た。俺は運送屋をやっていて、見ず知らずの子供達と暮らしてる。そんなさまつな事よりも伝えるべき話があるだろうに、溢れてくるのは歯痒くも取るに足らないものばかりだった。
もう二度と会えないかと思っていた。「ねぇ、クラウド」栗色のウェーブが波打ち、エアリスのリボンが揺れる。
「ティファ、綺麗になったね?」
思いがけない話題に頭が白み、「なんだよいきなり...」と慌てふためく。彼女はクスクスと悪戯っぽくこちらの反応を待つのみだ。無言の圧力に根負けし、「あ、ああ...」と曖昧に頷いた。「あ、でもフラれそうなんだっけ?」鋭い突っ込みに自らの置かれた状況を思い出し肩を落とす。不甲斐ない事この上ない有様だった。
「俺がいけないんだよな...」
「んー?そうでもないんじゃない?」
顎に人差し指を置いたエアリスがする「女の子って、恋人のことを誰よりも理解してるけど...自分自身がどう思われてるかだけはわからないのよ」との解説はわかるようでわからず、掴み所がない。ただ一つ言い切れるのは...
「...面倒な生き物だな」
「仕方ないよ、一人で生きてける人以外は我慢しなくちゃ。独りぼっちは嫌なんでしょ?」
エアリスは誰かさんの声真似をして早口でまくし立ててくる。こうしてみると、二人の話し方は結構似てる。目下話題の人物の言い分を思い出し、気になった事を聞いてみた。不躾な質問にエアリスの反応はやや素っ気ない。
「なぁ、これって...浮気になるのか?」
「さぁ?何を浮気ととるかは人次第だし...」
その返しはクラウドには難易度が高かったようで、腕組みして思い悩みだす姿にエアリスは笑いが込み上げ、すぐに容赦してやる。
「浮気じゃないよ。だって私達、ティファの話ばっかりしてるじゃない」
笑い飛ばされ素直にホッとした顔を見せるクラウド。そんな顔付きを見ても穏やかさを保ち続ける心にエアリスも安堵する。うん、大丈夫。ティファも、クラウドも...そして、私も。
「エアリス...」
いつか仄かに感じ取った時よりも、遥かに朧げな肢体。この美しい姿を目に焼き付けなければならない。なんとなく察した。彼女と逢えるのはこれが最後だと。何を伝えるべきか迷った口は、自然とこの言葉を選び取る。
「ありがとう」
俺を想ってくれて...本当に、大切に想ってくれて。エアリスの細い体は儚くライフストリームへと溶け込んでいく。あれから色んな事があった。その都度ティファは俺を支えてくれたんだ。エアリスを救えなかった俺がティファとの幸せを願うなんて...幾度となく頭をよぎった考えが決心の邪魔をする。しかし目の前の笑顔に誤った思考を力強く打ち消した。俺はこの人のこの表情を胸に、今度こそ大切なものを守り抜く。
「ねぇ、クラウド。ティファのこと、好き?」
「ちゃんと聞きたい、クラウドの口から...」もしかしたら彼と彼女が一歩先へと踏み出すため以上に、自分自身のために。少しだけ目を見開いたクラウドは、「ああ」と今度は臆さずはっきりと答えてくれる。
「俺の手で幸せにしてあげたいんだ」
穏やかなそれはかつて惹かれた彼がする、最も好きな顔だった。エアリスは満足そうに微笑み返す。「なら、ちゃんと本人にも言ってあげないとね」からかい交じりに背中を押すと、クラウドは「それが簡単に出来たなら世界は滅亡してないよ...」と冗談めくが「全っ然、笑えないわ」とエアリスは睨みつける。クラウドは「ごめん」と苦笑いした。うん、本当にもう大丈夫。この人は私がいなくても...
「前言撤回!」クラウドの鼻先に指が突き付けられた。
「もう、泣かせるような事...しないこと!」
星と彼女との境は滲んだ視界に曖昧になっていき、声だけが届けられた。
「エアリス...!」
それは声色の優しさを殊更強調させ、込み上げてきた感情に思わず声を張り上げる。
「会えて、良かった」
その気持ちが嘘偽りのないものだったことを噛み締める。この想いを口に出来るまでには長い時間を要した。一つの恋の終わりを締め括る、彼女に相応しい前向きな別れの言葉。
私も...会えて、良かった...
――あっ!動いた!
人生において、関わり合った人間の数は多くない。
「もしここに来なくなったって、俺は彼女の事を考えるのをやめない」
乗り越える、なんて日は来ない。共に生きていく、常にそう気付かされるだけだ。親切な誰かは “時が忘れさせてくれる” そう言ってくれるかもしれない。だけど俺は風化させたくないんだ。今、この瞬間だって願う。目を開ければそこには...
――もしもーし
「もうすぐ死ぬとわかったら、またティファの前から逃げ出すかもしれない」
身を横たえていた花の絨毯からクラウドはゆっくりと頭をもたげる。
「でも、エアリスには二度と頼らない」
罪悪感?...それもあっただろう。だが俺は間違いなく彼女からの愛情を心地良く感じていた。それを鋭く嗅ぎ取ったティファ。直視せずにはぐらかし続けた自分。大切な人を傷つけたくないのであれば、それは決してしてはならなかったんだ。
「ティファが言ってたことも考えた。俺とエアリスが...その...」
クラウドの言葉一つ一つにじっと耳を傾けていたティファは馬鹿真面目な申告をふふと笑う。
「考えたけど...よくわからなかった」
うん。親愛と恋愛って、本当に紙一重。それはティファ自身も幾重にも渡り考え抜いて辿り着いた結論と同一だった。ちょっとしたもしもで彼と彼女が結ばれる未来だってあっただろう。そしてその時は自分もあんな風に心から祝福したい。
「そんな正直な貴方が...」
教会に現れたティファの顔を見た瞬間、クラウドは彼女が下した決断を感じ取っていた。予想通り、続いた文言は期待するものと少しだけ異なる。
「好きだった」
だけど伝えるべき気持ちは揺らがない。
「だったらこれから言うことも信じて欲しい。何度考えても...絶対に、俺は...。今まで生きてきた中で俺が...」
次に紡いだ想いを伝えたのは、長い長い二人の歴史において初めてのことだった。
「愛した人は、ただ一人だ」
それは熱をもってティファの視界をじんわりと溶かし、すぐそこに佇む姿をぼやけさせる。この気持ちをもっと早くに聞けたなら、何か違った?
――私のこと、好き?
あの時も、勇気を出して聞き直せば同じ様に答えてくれた?
クラウドが教会に身を寄せていると判明した正にこの場で交わされた、弱い心を象徴するやりとりがありありと蘇った。
“帰ろう?マリン”
“やだ! クラウドに会いたい!”
会いたくて会いたくて、探し求めた貴方。なのに会うのが怖かった。待ってる間も居た堪れずに、彼女には敵わないと打ちのめされた。見ない振りをしなければ...立ち向かっていれば、この気持ちは何か違った?
「クラウド...」
――私の分まで、生きて
「私達、お別れしよう」
決して自暴自棄になっている訳ではなく、彼の回復を待つ間に自分自身とじっくり向き合った結果見出した新たな道。クラウドは精一杯愛を伝えてくれたと思う。エアリスの存在だって関係ない。結局は、私が彼を信じる強さを持てるかどうかだけ。
「私...私ね」
――思いっきり、気にしちゃえば?
「ずっと秘密にしてたんだけど、本当は貴方を独り占めしたくてたまらなかったみたい」
別れに直面してようやく吐露出来たいじらしい訴えに、未だ照れ臭さで蒸気する肌にクラウドは愛おしそうに見入る。赤らんだ頬に触れようとするが、身を引いて避けられた。ついぞ受けた事のないよそよそしい態度にズキリとクラウドの胸が軋む。同じ痛みに何度彼女は堪えたのだろう。一度つけた傷は爪痕を残したまま消え去りはしない。ましてした方は忘れても、された方は忘れない。当然の報いだった。
「私は貴方と一緒にいる時の自分が好きじゃない」
残酷な打ち明けが胸に突き刺さる。言わんとしていることはわかった。続け様に降りかかる想い人からの冷酷な扱いにみるみる萎縮していった彼女。傲慢も良いところだ。“思い出させてやる” そう豪語したのに...当の本人が追い込んで、失わせた。俺というしがらみから解き放たれたティファは、皮肉にも一段と美しかった。
「ここを悲しい場所にしたくないの」
「...俺と一緒じゃ、難しい?」凛とした眼差しは「うん」と揺らがない。再び帰る家を取り戻した後も尽きない短絡的な過ちは決定打となり、ティファから一切の迷いを奪い去ったようだ。自分はことごとく、気付くのが一歩遅い。
「離れようが俺は変わらない。今まで通り、ティファを想うよ」
逆の立場であれば許せない、そう結論付けた己はこれ以上の弁明が出て来ず用意していた台詞を伝えるのみだ。困ったような笑みを浮かべるティファに背筋がぞっとする。彼女から俺へ伝えることはもうない。そしてティファはもう、俺に会う気は無いんだ...
“ティファ、それは俺が後で自分で...”
死病から癒されていく人々が囲む賑やかな輪を早々に抜け、床に転がされた私物を片付け始めるティファ。そう引き止めるとその肩は “触るな” と言われたかの様にビクっと揺れた。手を止め色を失う彼女に何か言わなければと思うが、舌はもつれて動かない。一呼吸つき気持ちを切り替えたティファが見せた顔は、泉の淵で投げかけられたものと同じだった。
“帰ろう、クラウド”
朗らかな笑顔に力が抜け頷き返す。だが俺はその時確かに聞いた筈だった。繊細な心が上げた悲鳴を。なのに何もしなかった。人目が気になるから?どうせまた相手がどうにかしてくれると甘く見ていた?そんな積み重ねで砂の城がサラサラと崩れ去るように形を失っていった心。くだらない事ばかり気にして、どうして抱き締めてやらなかった。あの時、この腕で包み込んでいれば...強がりとは裏腹にボロボロだった心をきちんと抱き止めてやれば...
愚かな自分は性懲りもなく信じている。彼女が俺を捨てるなんて有り得ないと。今は無理でもいつかはきっと...
“...いつか?"
だから俺は今も何もしないのか?平然としたふりして、格好付けて。本当に失ってしまうのに...
「嫌だ」
去りゆく背中に無意識に腕が伸びる。
「...離して」
「離さない...離したくない」
息を呑んだティファの身体はきつく締め付ける腕の中で強張る。しかし暫し間を取った後、聞き分けの悪い態度に煩わしさを露わにした。
「無理だよ。どう乗り越えていいのかわからない」
「今度は俺が支える」
「もう自信がないの」
「何年かかったっていい。五年だって...十年だって...」
「クラウドだけが悪いんじゃない」
渾身の力を込め、ティファは強情を張る胸を押し返し一回り大きな体をはねつける。
「今だってそう。クラウドは私と一緒にいる時はいつも辛そうだった」
悲痛の面持ちに堪え切れず涙が伝う。
「あの旅の間も、一緒に暮らしてた時も。気付けなかったけど、そのずっと前だって。これ以上一緒にいたって私はもうどうしたら良いのかわからないよ...!!」
どこまでも悲観的な見解には異を唱えざるを得ない。別れが回避出来なくても、この誤解だけは解かなければならなかった。上手くいかない事はあった。それでも間違いなく、生まれて初めて手にしたかけがえのない幸せだった。
「それを決めるのは俺だろ!?」
「貴方は私がいなくたって平気だったじゃない!!」
「平気なわけ...!!」
掴んだ両手首をキツく握り、強引に唇を塞ぐ。首の裏を押さえ無我夢中で貪った。力の差を思い知った身体は徐々に抵抗を諦める。ゆるゆると脱力し、額を彼女のそれに預けた。もどかしさを含んだ吐息が重なり合う。
「ないだろ...」
彼女が出て行くほんの数日前もこうして互いの体温を感じ合った。その時とは全く違う、胸が切り裂かれるようなキス。あんなに近くに感じられた心が離れるのなんて、一瞬一瞬の有り難みに感謝する事を怠れば、あっという間だった。視線を伏せたままの、涙にそぼ濡れた睫毛。彼女を怯えさせる見えないそれを追い払うかのように頬を濡らす涙を拭う。
「もうすぐデンゼルを迎えて一年が経つ」
気付いてたんだ...
きつく抱きしめられたまま身動きの取れないティファは途方に暮れる。移りゆく風が運んでくる土の香り、日差しの変化。そんなたわいのない物に情緒不安をきたした。程なくして迎える最悪の時分に恐らく心は見る間に塞ぎ込んで行くだろう。伝えられない思いを鬱積させて...
「絶対に、乗り越えさせてみせるから...」
それは決してクラウドだけに押し付けるべき問題ではなかった。意地っ張りな自分と、不器用な彼。どう考えても明るい明日は見えない。なのに震える肩を振り払うだけの力が指先にこもらない。一方で泣き腫らし雑念の払われた頭に問えば、彼に対する気持ちは以前となんら変わらなかった。一度発した言葉は消えない。こんなこと許されない。きっと上手く行かない。それでも愛する人が望んでくれるなら...もう一度。もう一度だけ...
「毎日...抱き締めて欲しい...」
勇気を振り絞りなされた小さな我儘にクラウドは黙して放心し、目頭の熱くなる瞳でティファに見入る。やがてそろりと引き寄せたこめかみに愛おしそうに口付けを落とし始めた。降りしきるそれにくすぐったそうにしつつも、正面から注がれる微笑みに次第にティファの強張りは解けていく。ぐったりと力を失った腰をベンチに落ち着かせ、肩にもたれる絹糸を梳き続ける。ようやく聞こえ始めた泉のせせらぎに二人静かに耳を澄ませた。
「今なら...言ってもらえる?」
「多分何でも言える」
「ずっと言って貰いたかったの」
「ずっと言ってあげられなくて、ごめんな」
貴方ばかり責めるけど、私も呆れるくらいの意気地なしなの。ずっとずっと、言えなかった。
「愛してる、クラウド」
「...先に言うなって」
顔を片手で覆うクラウドは胸に寄り添うティファの視線を上向け真っ向から見据える。
「ティファ、俺も。他の誰でもなくティファを...ティファだけを...」
固い決意を誓う契りの言葉を一心に感じられるよう、ティファは深く瞼を閉じた。力強い初夏の日差しが半壊した屋根から燦々と注ぎ、寄り添い重なり合う身体を包み込む。巡り来る太陽はかつてと同じく花々に光を纏わせ黄金色に輝かせるが、それは過去には一度も訪れた事のない、紛れもなく真新しい季節の幕開けだった。
Baby, once more...plus One、があります。
PR