Minority Hour
こちらはFF7 クラウドとティファ のCPを中心とする二次創作小説を扱うサイトです。初めての方は「About this blog」をご覧下さい。コメントはwebclapからお願いします。
Baby, once more +1 (fin.)
Baby, once more、後日談です。
求愛なるチョコボ。
求愛なるチョコボ。
Baby, once more ...plus One (fin.)
調理台を一拭きしようかと布巾に手を伸ばすが、洗いたての手触りにすぐに押し止まる。小一時間前に磨き上げた化粧板は、その後そこで作業が行われていないので汚れる訳がない。役目を果たした台拭きも洗濯籠に放り込み済みだ。その日の汚れはその日の内に。そんなポリシーを徹底する彼女は作業に取りこぼしがないか仕事場を隈なく見渡した。
幾千と繰り返してきた日を締め括る儀式に集中しているよう見せかけて、一人歩きする聴覚は階段が軋む音を随分と遠くから察知する。それはゆっくりと降りて来たかと思うと減速し、真後ろでピタリと止まった。
「ティファ」
決まり悪く背けていた背中がピクリと揺れた。
「片付け、終わったか?」
「う、うん...」
形ばかりのやり取りは心拍数を高めるだけだ。まごつくティファに劣らずこういった状況をリードすることを不得手とする男の腕は、いつになく戸惑う事なく彼女に巻き付いてくる。
「じゃあ、上行こう」
痴話喧嘩と呼ぶには少々激しめだった騒動の収束から数週間余り、自宅へと帰ったティファは戻ったからには元通りの生活を取り戻そうと努力をするが、半分無理やり連れ戻されただけの彼女に今後についての明確な方針はない。だが一方のパートナーは違ったようだ。
“ちょっと付き合ってくれないか?”
愛飲する酒が注がれたグラスを傾け気恥ずかしそうになされる誘い。目に見えて早くなった帰宅。それに伴いダイナーや家事を手伝う機会も増え、何気ない会話も弾む。何より以前と異なるのは必要以上に絡みついてくる視線と指先。もっとも子供達の前での過度なスキンシップは即刻禁止令が出されたが。そして極めつけは...
“ティファ”
二人身を横たえた寝床には他の人間などいるはずもないのに、彼女に対する告白だと一重に強調するがため、クラウドは毎回厳粛に前置く。こぼれた黒髪を耳にかけ、頬を重ね合わせると低音を響かせた。
“好きだ”
以前は閨事(ねやごと)においても起こり得なかったそれは、寝巻きを身につけた状態で、眠りにつくためのおまじないの如く物柔らかに執り行われ耳元を優しくくすぐる。
“俺はそういうことがしたいがためにティファと一緒にいるんじゃない”
失われた信頼を取り戻す方が先決との決意を体現する彼は、ともすれば不埒な交わりを誘発しかねないキスさえ封印している。その代わり...
「きゃあ!ちょっと、くすぐったい!もう、ちゃんと聞いてる?」
「聞いてるよ」
懲りてなさそうな声の主は複数の物事を同時にこなすのが苦手であって、どちらに集中しているかは明らかだ。
「続けて」
うなじをくすぐる吐息と肩に回された腕が気になって、一時話を見失ってしまう。後ろを向いてて良かった...落ち着くどころか日々加熱の一途を辿る愛情表現には戸惑うばかりだ。
先の一件が相当こたえたようで、和解に対し差し出した交換条件を驚くべきことに彼は実直に遂行している。今宵の履行場所には寝室のソファが選ばれたようで、緊張で面持ちを張り詰めつつもクラウドはティファを自らの胸にもたれさせ、本日の出来事を報告するよう促した。人間、やろうと思えば出来るものである。
話は目下ティファの中で関心事となっている街のニュースへと戻る。店の常連客の一人が新規にバーを開店することを決め、オープン日が迫っていた。カクテル作りの腕は天下一品であるが料理に明るくない新米マスターに対し、今日も昼休憩を利用して簡単なおつまみの作り方を伝授したところだ。風呂上がりのティファから漂う嗅ぎ慣れた基礎化粧品の香りを愉しんでいたクラウドは近く彼女がその店を訪れる予定であることを明かすと温度を変えた。
「お礼に珍しいカクテルの作り方を教えて貰えることになったんだ」
クラウドは当該人物の性別を確認し、予感が的中したと言わんばかりに重苦しい息を吐き出す。
「そいつ、絶対下心あるだろ」
「ええ?なんでそうなるかな...」
同業者同士に良くある助け合い精神から生まれる健全な物々交換にも関わらず「そもそもティファが作れない酒なんてあるのか?」とクラウドは疑り深い。
「フローズンカクテルとか、あと発泡性のものとか...うちに置いてある道具じゃ無理だし、リキュールも全然足りないの!」
過敏反応し過ぎだよ、言わなきゃ良かった。思わしくない流れに抗おうとするティファにクラウドは「男と二人きりで酒だけは、絶対に駄目だ」 と釘を刺し、相も変わらず警戒心が薄い性分を引き締めにかかる。なおも不服そうにするティファに妥協案が寄せられた。
「俺がいるところでやればいいだろ」
不意に飛んできた目新しい提案には「わ...わざわざ色々持って来てもらうの申し訳ないし...」と賛成しかねるも顔が赤らんでしまう。
「男がやかましいとでも言っとけよ。...実際そうなんだし」
惚ける頭の片隅で思い返す。今までも彼は他の男性と飲むことを禁ずるぐらいの主張はしたかもしれない。でも、ここまではなかった。そこまで言うならと、推言通りに言い訳するかはさておき、密室で異性とアルコールを嗜むのは控えることとする。楽しみにしていた行事がふいになるかもしれない危機にも、内に芽生えるこそばゆい感情は認めざるを得ない。
「わかった、行かないから...」耳たぶを真っ赤に染め口ごもるいたいけな返しに男の胸も高ぶりを見せる。クラウドは長めの前髪をグシャリと潰し、絞り出すように言った。
「ほ...本当は他の男と一緒にいるのも見たくないけど」
ドキリとしつつもティファはぎこちなさを聞き逃さない。
「なんか棒読み。嘘っぽい!」
「照れ臭かっただけだ。...やり直す」
「いいってば!やり直さなくて」
面映ゆさをやり過ごそうと目前の首筋に鼻を埋め押し黙っていたクラウドは続いて発された申し出にハッとなる。
「あのね、クラウド...無理しなくていいんだよ?」
ここ最近、自分なりに想いを形にしてみたがティファは気まずそうに俯くばかりだ。口にしている自分でも呆れるが、ついつい空々しくなってしまったり、やたらとストレート過ぎたりと女を喜ばせる巧妙さには程遠い。
「無理なんかしてない。どうしてそう思うんだ?」
それとももう俺の言葉は彼女には届かないのだろうか。歯痒さに唇を噛み締めた。
「だ、だって...そんな風に思ってるなんて今までの貴方からは考えられなくて...」
両手のひらで頬を覆い縮こまる背中は随分とか細く見える。良き相談者から授かった忠言が克明に頭に蘇った。
“女の子って、恋人のことを誰よりも理解してるけど...自分自身がどう思われてるかだけはわからないのよ”
「こんな女々しいこと、死んでも言えるか」
吐き捨てるような言い回しにティファは怪訝そうに背後を窺う。
「...そう思ってた。今だって格好悪くてたまらない。嫌がられたらとか、もう俺には愛想つかしてるんじゃないかとか...」
でも、だからって不安にさせるのは違ったよな。クラウドは腕に力を込め、ティファを抱え込み直す。
「俺なんて、実際はこんなもんだ」
この二年余り、ティファに対して抱いていた想いは殆ど伝わっていなかったに違いない。
「目が合うだけで一日中舞い上がって...他の奴と手を繋いでるのを見る度、ドン底に落とされた」
「自分を見失っていた間だって、本当の俺はしょっちゅう出しゃばってきて...いつだってティファを気にしてた」
「あの旅の仲間にさえ、触れられるのは嫌だったんだ」
溶け始める脳裏で一つ一つをじんわりと味わう。真摯に紡がれる言葉に自惚れてしまいそう。もしも私達を取り巻く運命が全然別の方向へと転んでいたとしても、貴方は私を選んでくれたんじゃないかなんて。
「顔、見てもいい?」
連日の歯の浮くような台詞の連続に心を揺さぶられつつも、素直に受け取ることが出来ないでいた。自分を喜ばせようと思ってもいないことを羅列しているのでは、なんて勘繰ってしまう。あんなに欲しがってた癖に、貰えたら貰えたで信じられないなんて本当に面倒臭い。
「今は駄目だ」
目が合わないことに安心していたのはどうやら自分だけではなかったらしい。彼に別れを告げた時、正直もっとすんなり身を引かれると思っていた。想定以上に取り乱したクラウドにほだされなんとも歯切れの悪い落とし所に流された詰めの甘さと、とは言えどこかほっとしてしまった矛盾する気持ちとを交互に嘆く。
一度試合を放棄した身として積極的に譲歩はしていないが、かといい悲観に暮れている訳でもない。頭を空にし、ただただクラウドのなすがままに身を委ねている感覚は新鮮だった。
家での生活に怯えていたティファにクラウドは予想以上に自然体で接してくれている。もとよりクラウドは自分と比べそういった立ち振る舞いが上手だったが、場数を踏んできてはいないだろう彼もこのような経験を経て男女のいざこざのこなし方が上達したのだろうと思うとおかしかった。私も...ちゃんと変わっていけるのかな。
実はあの件であらいざらい不満をぶちまけた当人は憑き物が取れたようにスッキリしていたりする。そろそろ歩み寄ってあげないと可哀想だと思いつつ、欲張りな口を突いたのは半ば言葉の綾であろう彼の誓い。
「十年...だっけ?」
クラウドは目を丸くするが、すぐに自信に満ちた顔をする。
「それでもいい」
続いた気持ちを疑うのは、もうやめにしよう。
「それでもいいから...側に居てくれ」
腕の中で身じろぎ身体の向きを変える。首筋に口付けるとクラウドはビクリと揺れた。顔を寄せ、唇に触れるか触れないかの所で「ティファ、駄目だって。俺...」と押し戻される。
うん、本当は私も。毎日の応酬に挫けそうになりながらも、もう少しこの状況を楽しんでやれ、なんて決めたばかりだったのに。数ヶ月?ううん、せめて一か月くらいは。ああ、でもダメ。もう貴方が欲しくてたまらない。
「私がしたいの」
起伏の少ない眉根が柄にもなくグシャリと歪み、それを見届け全ての力を手放した。今夜は二人して思い切り泣いてみようか。そう思った矢先、早くも鼻の奥からツンとした痛みが込み上げてきた。様々な感情が折り混ざった、今まで流したことのない涙。
運命の二人、なんて胸を張れる日は来ないかもしれない。だけどこの暖かい手に抱かれる日々をただただ愛そう。次にこの腕の中で目覚めるのは少しだけ前向きな私。明日、明後日と同じ朝を重ねていったいつかの未来では、きっとそんな自分を好きになれる。
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雨降って地固まる的なお話になっていれば幸いです...
お読みいただきありがとうございました!
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