Minority Hour
こちらはFF7 クラウドとティファ のCPを中心とする二次創作小説を扱うサイトです。初めての方は「About this blog」をご覧下さい。コメントはwebclapからお願いします。
華麗なる食卓
今夜はカレーです。
華麗なる食卓
趣味は何かと問われれば、フライパンで溶けるバターの香りを鼻腔に満たし、玉葱を炒め飴色に変えることと答えよう。人からしてみれば大層つまらない娯楽かと思うが、その嗜好は本日も健在だ。
「ねぇ、デンゼル。今日の晩御飯何がいい?」
「えっとねぇ...じゃあ、カレー!」
子供らしい即答に心が弾む。こんな純真無垢な顔が拝めるのだから、やっぱりこの趣味はやめられない。
包丁の音につられて小腹を空かせたクラウドが階段を降りてきた。反り返っている一房の前髪に呆れ果てる。さてはまた寝てたわね?たった二日の休日に昼夜逆転し、夕方以降目を爛々とさせ夜中もハツラツとしている彼は実に困りものだ。「カレーか?」と瞼を閉じ鼻だけクンクンする幼い仕草に揺さぶられるが、心を鬼にしてコーヒーの欲しそうな彼の前に眠気覚ましの一杯の冷水を置く。
「怒らないで聞いてくれるか?」
「だからそれは聞いてから決めるってば」
おどけた言い回しから、深刻な告白でないことはわかる。「前に俺、カレー作っただろ。ティファがいない時」と続けた。マリンを予防接種に連れて行ったあの日のことかな?
『混んでてお昼までに帰れそうになくて...』
『平気だ。カレーでも作る』
『...クラウド、カレーなんて作れたっけ?』
『野営の日は交代で作ってただろ』
一応の納得を見せる彼女と通話を終わらせる。側で聞き耳を立てていた少年に、男同士しか通じないしょうもない浪漫をぶつけてみた。
「なぁ、デンゼル。カレー肉だらけにしてみようか?」
「賛成賛成!!」
「ティファには内緒な」
一食野菜を抜いたといって栄養失調に陥るわけもなしと、浮き足立ち買い出しに出向く。そして種類、部位を問わず肉を次々と購入していった。
「おっ、旦那。羽振り良くステーキですかい?」
「いや、カレーだ」
火さえ通ればいいだろうと市販のルウを加えた香りはまずまずだったが、一口食べた味は耐えられないものだった。
「まっず...」
「辛~~い!」
「これは...ティファには絶対に内緒だな」
「そう、カレーのルウって結構辛いんだ。野菜の甘みが加わって丁度良くなるんだよね」
野菜のどこが甘いんだ?半信半疑なクラウドだったが、この分野において勝ち目はないと無駄な論争は避けることとする。とりあえず、育ち盛りに変な物を食べさせたお叱りを免れたことを喜ぼう。ティファは「そっかそっか、食べ損ねた故の即決だったわけだ」と何かの謎が解けてむしろご満悦だ。
「昔はそこそこちゃんと作れてたのに...」
口惜しそうに嘆くクラウドにティファは遠い記憶を呼び起こす。そうだったっけ?戦場と違い、彼が厨房で活躍した記憶は全くと言っていいほどない。
『うん、そこまでいったらまずは玉ねぎを炒めて次にお肉ね。うん...うん...またわからなくなったら電話ちょうだい』
戦闘の合間に通話を終わらせたティファに、エアリスは「お料理隊、大丈夫そ?」と問う。
「何とでもなるわよ。...水の量さえ間違えなければ」
箱の裏に書かれた四人前の分量を一人分と勘違いし、男性陣が味の薄いスープカレーをなみなみとこさえた失敗から日は浅い。前線から戻り鍋の中身をチェックしたティファは出来上がりに表情を緩ませる。
「可もなく不可もなくって感じだな」
「ちゃんと食えるぞ。何ぶーたれてんだ?」
スプーンをカチャカチャやる作り手の表情は不満そうだ。
「全っ然、ティファのと違うじゃん。言われた通り作ったのに、嘘つき!」
「クラウド、ジャガイモ見当たらないよ。入れ忘れたんじゃないの?」と八つ当たりされる彼は「溶けた。火にかける時間短縮したいから刻めって言ったのお前だろ。それより具をいっぺんに炒めたのがマズかったんじゃないのか?」と視線も上げずモグモグやる。言われた通り作ってないじゃない。
「あ~ん、アタシは “ティファの” カレーが食べたかったの!」
そういうことね。出来を外した悲しみはよくわかる。憤る姿にティファは共感する。
「ね、次回以降のためにコツ教えてよ。何かあんでしょ?」
「そうねぇ...まずは玉ねぎとセロリの微塵切りを山ほど飴色になるまで炒めて、ジャガイモは澱粉で味がボケないよう別茹でね。あと、そもそもルウじゃなくてコリアンダーとクミンから作るの」
「セロリ...」と誰かが切なそうに呟いた。
「コツは仕上げのヨーグルトとガラムマサラを忘れないことかな?」
満面の笑みで人差し指をピンと立てたティファは、自らに突き刺さるけったいな視線にようやく気づく。「ガラム...キマイラ。モンスターか?」どこからともなくどよめきが沸き起こった。凍てついた場の雰囲気をティファは咳払いで慌ててときほぐす。
「...一応プロですから」
ユフィは「もーいいよ、自炊の日はティファはご飯担当で固定!決まり!」と先ほどにも増して悲観にくれる。“でも私、このカレー好きだよ” 憐れみと捉えられ兼ねない感想は口からら出さなかったが、本心だった。学校の給食で出されたものに近い、あるいはたまのお休みにパパが作ってくれた素朴な味。その道を極めつつあるからこそわかる。必ずしも洗練されたものだけが全てではない。
「つまり俺はあの時より退化したわけだ」
言うほど主体的に関わってなくなかった?まな板を前にすると能動性を失い立ち尽くす操り人形が脳裏に蘇る。忠実に操られてくれればまだいいが、一定以上の複雑な動作は受け付けない。いよいよ目が覚めてきたらしい彼は、うたた寝後特有のハイテンションで周囲をウロチョロしだし、ボウルで水に浸かったお芋をつつく。
「ジャガイモ切り刻もうか?」
「...結構です」
「出来たらソレは入れないで欲しい」
原型を留めたままの隠し味に苦虫を噛み潰したような顔をする。二年前と同じ顔してるわよ、さてはあの声の主はクラウドね?大丈夫、煮込んでるうちに魔法の様に消えるから。絶え間ないちょっかいに集中力を削がれ、邪魔臭いなぁ...と密かに嘆息をつくが、次になされた申し出は更に斜め上を行く。
「なぁ、今日は俺が作ってみちゃ駄目か?」
ああ...このカレーはあの時キャンプで作ったものとは違うんだけど。料理に関しては一桁のレベルで長年停滞している彼を心中諭す。この中堅どころに挑む気なら、少なくともあと10はレベルを積んでもらわないと。
「頼むよ、名誉挽回したいんだ。今後も俺が作らなきゃならない日だってあるだろうし」
一理ある主張と手のひらまで合わせだす彼に、自らがとったであろう心無いリアクションを頭に描き反省する。
「しょうがないなぁ」
頭にあるレシピを大幅にこそげ落とし、包丁を入れる前で無事だったセロリも冷蔵庫に仕舞い直す。後日クラウド単独で再現可能なように、分量を計り済みのスパイスも封印だ。
「そう、そうやって指の先を折り曲げて...そうすると手を切らないでしょ?」
ツルツル滑る玉ねぎと肩肘張って格闘するクラウドは、「力み過ぎ」とティファから半笑いで指摘され早くもヘトヘトだ。
「これって絶対しなきゃいけないのか?切り辛いんだけど...」
「基本の基です。マリンだって出来るよ」
「マリンも...」
つけたままの寝癖をふわふわそよがせる彼は、見た目もさることながら珍しく従順に言うこと聞き可愛らしい。今宵の夕食は、私が作った数々のレパートリーに引けを取らず子供達の味覚中枢に刻み込まれるだろう。荒削りだけどどこか優しい、お父さんの味。口一杯に頬張る姿に、これを期に彼も味を占めたりして。そうなっても心の狭い独り占めはもうしないね。あなたがこの至高の趣味を私と共有したいと言うならば、ごくごくたまには引き立て役に回ってあげる。
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『華麗なる食卓』は読んだ事がありません。
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