Minority Hour
こちらはFF7 クラウドとティファ のCPを中心とする二次創作小説を扱うサイトです。初めての方は「About this blog」をご覧下さい。コメントはwebclapからお願いします。
ルージュの追憶
お化粧の話。
クラティはちょびっと、のエアティです。
クラティはちょびっと、のエアティです。
ルージュの追憶
神聖なテリトリー内においては珍しく、調理を行う手先は取り乱している。フロアで雑談を弾ませる客の誰の目にも留まらない程度に眉根を歪めた店主の胸には、ちょっと前に二人組の女性客からオーダーを取り終わった直後に耳に飛び込んで来た無礼な影口が突き刺さったままだった。
――そう?なんか地味じゃない?もっと華やかなのかと思ってた
自分を指していると明言された訳ではないが、こういうのって案外わかってしまうものだ。しかも特に悪意のない調子から、それはその女性の率直な感想だったことに更に傷つく。
だって私、女優でもなんでもないわ。
指折りの人気店の経営者であり、かつカリスマ的なオーラを放つ彼女は街で時に業界人扱いをされてしまい、時に住人達は素知らぬ顔で歯に衣着せず言いたい放題であった。
終日棘立ち続けた心は、営業が終わる頃には威勢を失いたちまち気落ちしだす。同居人やかつての旅の仲間であった華麗な女性は間違いなく形容し得ない単語。石鹸の香り漂う清涼感が彼女の最大の魅力であり卑屈になる必要などさらさらないのであるが、確かにそれはどちらかと言うと男性に好まれがちな美点であった。
一番の原因は髪の色よね...
鏡に映り込む、肩から上の大部分を占めるこの世で最も陰鬱な色。
“う〜ん...瞳が赤みがかってるから、別の色は喧嘩すると思うよ?”
以前美容師からもらった助言はオブラートに包まれてはいたが、結局どの色にも染めない方が良いという推言だった。洋服を選ぶのにしばしば苦労を強いられる彼女自身もその理屈は体感済みである。ふと先程頭に思い浮かんだ懐かしい春色が、軽やかに笑いかけてくる。
“ティファって、すっぴん?”
出会って程無くして、戦闘後に汗を拭っている最中に飛んで来た旅の目的からは程遠い話題。続くやり取りがみるみる思い起こされる。同い年、か。彼女が今の自分の薄化粧を見たら、それこそ雷が落とされるかもしれない。
「日焼け止めは塗ってるけど...」
あとは眉を整えてるくらいかな?包み隠さず白状すると、エアリスは新種のモンスターがわんさか現れた時の数倍は動転する。
「ダメよ...絶対ダメ!どんなに可愛くても、ハタチ超えたらちゃんとしなきゃ!!」
「そんなこと言ったって、一瞬で取れちゃうわ...」
エアリスの意見は正論であろうし、怠慢な自分のために息巻く姿には恐縮だったが、異例の女流格闘家であるこちらは始終汗だくである。タオルでゴシゴシ全身を拭いているティファに「う〜〜ん...」と悩ましい視線を馳せ、エアリスはやる気のない落第生のために救いの手を模索する。
「わかったわ。でも、オフの日は許さないんだから」
次の休日、早速私は朝から宿屋の鏡台に座らされた。
「ファンデーションって、全面に塗らなくてもいいのよ。特にティファみたいにきめ細かな肌だったら」
華奢な指先が女性らしい手付きで肌に乗せられる。エアリスの手、暖かくて気持ちいいな...ティファは大人しく言うことを聞いている振りをして、てんで違うことに思いを馳せる。
「わぁ...睫毛の黒が深いから、ちょっとカールさせるだけでパッチリね」
アイメイクの段階に入り目を瞑ると益々思考は他所へ旅立ち、こっそり本日の買い出しを効率良く終える最適ルートを脳裏にシミュレートし始めた。
「仕上げはやっぱり、コレね」
然るべき手順を終え、目の前に差し出された自分のために見立てられた紅色に初めて胸が高鳴った。
「ティファは私のより赤みが強い色の方が、絶対似合う!」
そう言う彼女は身につけている小物から、他人の好みもすっかり把握していたのだろう。私もあと数年経てばそんなきめ細かな心配りの出来る女性になれるのだろうか。天真爛漫な顔付きの裏に透けて見える器の大きさにぼんやりと心奪われた。
全然別の部分に感嘆しだすティファの唇の輪郭を慣れた手つきで軽くなぞると、茶目っ気たっぷりの目線で鏡を見るよう促してくる。正面に映し出された完成形を見やると、そうは言ってもそこまで変わるものかと甘く見ていたティファは普段とのギャップに唖然となる。これ...私?
「全然違う...」
「腕も素材も良いからよ」
鏡に手をつき前のめるリアクションに、エアリスは満足を隠せずティファの顔に頬を寄せ鏡の中でウインクしてみせる。こっちの方が良いかも...瞳を閉じている間に、一瞬にして魔法をかけられたような状況に高揚が止まらない。戦闘中以外でも実は化粧など満足にしなかったティファを見越し、控えめな仕上がりだった。
「お出かけ、楽しみにならない?」
「うん...」
「...好きな人にも、会いたくなっちゃう?」
思わず釣られそうになるが、誘導尋問に引っかかる前に口を紡ぐ。つんのめり押し黙ったままのティファにエアリスはニンマリと見透かした笑みを浮かべると、ティファの手を取り部屋を飛び出ようとする。
――見せに行かなきゃ!
――ちょ、ちょっと...エアリス!いいってば!
「...出来た」
口紅がカタリと小さな音を立て置かれた先に映し出される自分は、外見だけでなく内面もあの時より少し大人びたと信じたい。とっておきの思い出に浸ったせいか、最悪だった血色も幾分か改善したようだ。
大丈夫。きっと明日は笑顔に戻れるわ...
遠く離れてしまった彼女に当時はすっかりお礼を言いそびれてしまったことに気付き涙を滲ませつつも、穏やかな眠りにつけそうな予感に包まれる。
軽快に閉店後の片付けに勤しむ姿を無言で追いかける蒼い瞳が二つ。
綺麗になったって、沢山言われちゃった。
同じ年頃の人間と比べ過酷な人生経験を切り抜け達観しかけている彼女も、所詮ハタチそこそこの一娘である。本日営業中に立て続けに貰った自らに尊厳を取り戻させる賛辞を一つ一つ反芻すると、一日の疲れまで吹き飛んでいく。
「...今日のティファ、なんか違う」
余計な混乱を招かぬよう熟考する時間をふんだんに与えた後、微細な変化も適応するのに時を要する人物がいよいよ動きだした。テーブルを拭いていた手を止め、「さて、何でしょう?」と悪戯っぽく振り返り聞き返す。
「な、なんだ?なんか大人っぽい...ような...」
「睫毛が長くて...」と言い終え、唇に視線を移した瞬間ドギマギしだす彼。一つだけでも変化を見抜いたご褒美にそのへんで容赦をしてやる。
「お化粧変えてみたの、どうかな?」
濃いメイクは受け付けなさそうな彼の反応が最も気になっていたティファは、「へぇ」と短く返された台詞ではなく、目の前の表情から脳内を窺おうと試みる。「俺、化粧って良くわからないけど...」と照れ臭そうに、彼にしては上出来な褒め言葉まで貰え、人知れず内密に始まった心新たな一日はようやく無事に終わりを遂げた。
「結構いいな」
視線は真っ向から合わせないままの彼はティファとは逆に一日を終わらせたくなくなったようで、「今夜は早く寝たかったのに...」と腕を巻きつけてくる。理不尽な文句に「寝ればいいじゃない!」と口を尖らせながらも、心はすっかり刺々しさを失っていた。
ランチも中盤に差し掛かり、新規の噂話を目まぐるしく交換し合う口は更に話題を他へと移す。
「あの人、なんか雰囲気変わった?」
前回の食事の際、うっかり音量を抑えずに飛び出てしまった悪口が本人の耳に入ったのではと気にしていた一人は、料理を運んできた店主の満面の笑みに安堵し、色々な意味で格の違いを見せつけられる。
「悔しいけど...」
「...文句なしに綺麗ね」
彼女はまだまだ発展途上の二十二歳であって、その人望の厚さから味方になってくれるブレインの層も厚かった。そんな彼女は街で最も洗練されたスポットの一つであるこの場所で、心体共に日に日に輝きを増して行くに違いない。
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