Minority Hour
こちらはFF7 クラウドとティファ のCPを中心とする二次創作小説を扱うサイトです。初めての方は「About this blog」をご覧下さい。コメントはwebclapからお願いします。
Baby, once more 2
Baby, once more 1、の続きです。
Baby, once more 2
香りの立つコーヒーカップに口を付け、乾いた舌を湿らせた。喉越しに熱い液体が冷えた身体を弛緩させていく。
「喧嘩なんかするんだ?」
「そんなんじゃないよ」
対面に座る男性は仕事を通じた知人であった。傘も持たず身一つで飛び出して来たティファを案じ、家まで送ると言っても首を縦に振らない彼女に一杯付き合ってやっている。
「信頼し合ってるって感じに見えるけど」
そんなんじゃないよ。冷静な分析は今度は居どころを失い喉の奥でわだかまる。本当にそんなんじゃない。一見物分かりが良く見える言動は苦言を内に溜め込んだ裏返しに過ぎない。
「ごめんね、相手して貰っちゃって」
「いや...実はこっちも帰りたくなかったんだ」
首を傾げるティファに、「あ、でも俺は傘と財布を持って出るくらいの余裕はあったけどな」と照れ隠しに茶化してくる。それには堪らず声を上げて笑ってしまった。
「雨、上がったみたいだぞ」
「そろそろ帰ろっか。お互いにね」
そうだよね。誰にだってこういう日はある。少しの談笑と温かいお茶で気分は持ち直したかに見えた。カフェに張り巡らされたガラスのウィンドウ越し、遠巻きにこちらに目を留めた蒼い瞳と視線が絡み合うまでは。
勝手口に無造作に放られた傘の片方は濡れそぼっている。なんて間の悪い。天を仰ぎたくなるが、二時間余りも悪天候の中街を彷徨っていたであろう男に伝えるべき言葉は一つだ。
「ありがとう...」
刺々しさを纏う背中からは、予想通り何も反応がない。クラウドは私が男の人と一緒だったのが癇に触っただけ。彼には愛想無く接しておきながら呑気に歓談なんかして。逆立ってくる気を宥めようとするも、どうにも心がついていかない。結果的に当て付けのような形になってしまったのは悪かったが、そこに非はない。身の潔白が明らかなこんな小事で謝るのも馬鹿馬鹿しいとも思う。
“心配かけてごめん...”
“別に。探しに行かない方が良かったみたいだな”
そんな嫌味が返ってくるのが容易に想像されうんざりした。自らの事は知らんふりをして、私の気は自分一人に注がれていないと気がすまない彼。どうして逆の立場は汲み取れないのだろう。半日ご機嫌取りをすれば解決するだろう手馴れた状況にも、その日は下手に出られる程の寛容さを持ち合わせてはいなかった。
貴方だってついさっきまで...ううん、さっきだけじゃない。もう何年もずっと、悪びれもしないで...
薄暗い廊下に息苦しいほど充満する水気を帯びた空気。立ち込める雨の匂い...それはティファをたちまちあの日々へと引きずり込む。
「...だって行ってたじゃない」
俯いたティファの小声が聞き取れず、クラウドは「なんだ?」と怪訝な面持ちで聞き返す。
「クラウドだって行ってたじゃない。他の女の人のところに」
突拍子のない発言にしばし思いを巡らせたクラウドは、やがて唯一身に覚えのあった行いに思い当たり戸惑った声を出す。
「他の女って...共通の仲間だろ」
「でも女の人だよ。少なくとも私にとっては...」
指摘し辛そうに顔を伏せるティファを見つめる瞳に侮蔑の色がサッと差し込む。
「そうか、わかったよ。ティファの中で俺はどっちつかずの最低男ってわけだな」
言った途端、またしても強く当たり過ぎたことを悔やみかけたクラウドは耳を疑う。
「...そうだよ」
自嘲めいた微笑を浮かべティファは続ける。目頭が熱を帯び、大きな瞳がじわりと揺らめいた。
「ううん、もっと酷い人かも。心の奥底では彼女を求めてるのに、成り行きで私と暮らしてるんじゃないかって...何度も思った」
一人でいるのがただ寂しいから。私の貴方に対する想いを知ってるから。
クラウドは明らかに様子のおかしなティファに「どうしたんだよ、急に...」とトーンを変える。
「急にじゃない。ずっと思ってた。貴方と暮らしてる間、ずっと...」
目を見開き絶句する彼に申し訳なくなる。伝えないのだって、同等の罪だ。
「弱ってる仲間は放って置けなかったよね。それとも私が側にいるのは都合が良かった?優しくしてくれるなら誰でもよかったんでしょ。虚ろな目で何度も私を抱いて...本当は誰を感じていたの?」
「ティファ?やめてくれ...」
「私が死んだら...」
だって私にはわからない。貴方一人しか愛したことのない私には...
「彼女みたいに、想ってくれる?」
矢継ぎ早に投げつけられる詰問に困窮しきったクラウドの顔は歪み、遂には声が震えた。
「...本気で言ってるのか?」
そんなことない。楽しい事だって沢山あった。確かな愛を感じられた時も。なのにそんな愛おしい思い出達は頭にこびりついて離れない残像にいつだって一瞬にして粉々に打ち砕かれてしまう。教会で貴方の身を包んでいた薄汚れた毛布に。力なく横たえられた灰色の包帯に。そして最後まで私の目に触れることを許さなかった病巣に巻かれた黒い布に...
「だってあの時、彼女と違って私は...」
紛れも無い真実に涙が頬を伝う。
「私は貴方に何もしてあげられなかった!!」
ティファは前髪をグシャリと片手で潰し、ハァ...と肩で息をつき身を震わす。長きに続いた沈黙を「ティファ」とクラウドの呼びかけが破った。
「エアリスのことを女性として大切に思うんだったら、俺はここには帰って来なかったよ」
「うん、わかってる」受け答える声は落ち着いている。「でももし彼女が生きてたなら、貴方の隣にいたのは私じゃなかったと思ってる」続いた反論にはクラウドの方が声を荒げずにはいられなかった。
「そんなもしもの話されたって...だって証明出来っこないじゃないか。エアリスはもう...!」
ーーいなくなってしまったんだから!
その現実は声に出すにはあまりにも残酷過ぎて、二人揃って途方に暮れる。
「ティファ。ティファが嫌なんだったら俺はもうあそこへは行かない」
「違う。そんなことしてもらいたいんじゃなくて...」
「じゃあ、どうしたらいい?」
すがるような問いに返す言葉なんて見つからない。再び扉に振り返り背を向けたティファの腕をクラウドが捕らえた。
「俺が出て行く」
「...後ろめたいから?」
「違うよ。ただ、悪いのは俺だから」
「お願い、それだけはやめて...」
尋常じゃなく怯え首を振るティファに思わず手を離した。
「ごめんなさい、居場所はちゃんと伝えるから。子供達のこともきちんとするから...」
懇願され、扉を擦り抜ける身体をそれ以上引き留めることは出来なかった。
“しばらく一人にさせて”
二度目の雨は本降りだった。だが目も当てられない状態の目許が誤魔化せて丁度良い。
本心ではあそこまで思っていなかった。クラウドがエアリスを想っていようとも、それは無意識の次元に違いない。ただ彼を傷つけるため、鬱憤を晴らすために投げつけた不満。どうしていつまで経っても乗り越えられないのよ。エアリスと同じ幸せを与えることは出来なくても自分なりの方法があるはず。どんなに悩んだって結論は一つなのに...
被害者面はもうやめなくちゃ。星痕が癒え自宅へと帰り着いた後、彼は努力してくれたと思う。時に不安定になる私にも辛抱強く向き合って。その度に悲しみに暮れる顔。だが不平を零さずじっと耐えてくれる。もう十分償ってくれた。
彼はあれから私の胸で何度か泣いたと思う。抱き合う度に絶え間無く呼ばれる名前。心が通じ合ってないと起こり得ない、互いの身体が溶け合うような感覚...嘘じゃないことなんて、わかってる。わかってるのに...
ーー私が死んだら...彼女みたいに想ってくれる?
なんて見苦しいんだろう。日々隣で肩を並べられる幸せを棚に上げ、星に還った彼女を羨むなんて。だけど触れることさえ許されぬまま突如行き場を失った淡い恋。死したからこそ一層チラつく影。生きている私と違って、それが汚され昇華される日は、永遠に来ない...
その日の内にティファは約束通り連絡を入れてくれる。ミッドガル近郊にいると手短かに連絡事項を伝え終えると『男の人のところではないから』と気まずそうに付け加える。それは俺達が紛れもない恋仲である証のようでホッとした。
『うん、それは信じてる』
『子供達のこと、心配いらないね』会話を終息させようとする流れに逆らい『ティファ、本当は顔を見て言いたいんだけど...』と切り出した。
『ティファが大切だ。何よりも...誰よりも。すまない、俺が無神経だった』
『うん...』たちまち気落ちしてしまう調子に消沈する。ティファの気持ちが想像以上に遠い所へと行ってしまった事実を突き付けられ心が騒めいた。そのままティファは逃げるように通話を終わらせてしまう。ベッドになだれ込み、長い溜息を吐く。目を閉じると聞き覚えのある甲高い声が蘇ってきた。この件につき指摘を受けたのは、今回が始めてではない。
“ねーアンタって、やっぱりエアリスのこと好きだったの?”
酒をあおるユフィがグラスに刺さったストローを弄びながら絡んでくる。無言を貫き通す俺に苛立ち性急に畳み掛けた。
“じゃさ、ティファが自分以外のオトコのところで死んだらさ、どう思うの?”
しばし考え込んだ後に放られた「...想像つかない」との思考を放棄した発言にユフィはあからさまにムッとした。続いた配慮に欠ける言い逃れには唾を飛ばしキレられる。
“生きてるかどうかで違うだろ”
“違くないしっ!このアホんだら!!”
事あるごとにエアリスとティファを引き合いに出されるのは不快だった。あの二人の仲の良さを踏みにじられるようで。なのにおちゃらけてばかりのアイツが柄にも無く目に浮かばせた涙に思った以上に打撃を受ける。
ーー私は貴方に何もしてあげられなかった!!
堪らず強く目を瞑る。そんな訳あるはずないだろう?だが多少は勢いに任せた癇癪であったろう先の発言において、残念ながらそれは本心だったと思われる。俺を責めるならまだ良い。だがティファの矛先は常に最終的には自分自身へと向けられていくんだ。
“あーあ。もう! 何やってるのよ...”
呆れ果てた顔が宙に浮かぶ。これで俺の有する数少ない女友達の信頼はことごとく失墜したわけだ。
Baby, once more 3、へ続きます。
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